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七五三の千歳飴の歴史と意味は?金太郎飴とは何が違うの?

七五三のお参りに行くと祈祷のあとにお札や御守などをもらえることがあります。

なかでも、鶴亀などの絵が描かれた縦長の袋に入った「千歳飴」は七五三のシンボルともいえるアイテムです。

ところで、千歳飴にはどのような意味があるのでしょうか。

七五三の千歳飴の歴史と意味

千歳飴ができたのは江戸時代

子どもの健康長寿を祈る儀式は平安時代ごろから存在していたといわれていますが、現在の七五三の原型ができたのは江戸時代とされています。

千歳飴の誕生には諸説ありますが、有力なのは「浅草の飴売りが棒状になった紅白の飴を”千年飴(せんねんあめ)”として売り出したものが定着した」という説と、「大阪の商人が江戸で”食べると長寿になる”という触れ込みで長い飴を売り出した」という説が有力です。

いずれも江戸時代に始まったとされており、千歳飴の歴史は江戸時代からというのが定説になっています。

子どもの長寿を願うもの

「食べると長寿になる」という触れ込みで売られ始めた飴が原形となっている千歳飴が七五三と結び付いたのは、七五三の原型ができた江戸時代、認知が広がって一般に定着した明治、大正時代の社会背景による影響大きいようです。

医療が発展していなかった江戸、明治、大正のころの日本は赤ちゃんの死亡率が高く、幼児期に入っても感染症などで命を落とすことが少なくありませんでした。

そのため、一定の年齢までは「子どもは神からの預かり物で、何かあればすぐに神の国に帰ってしまう(死んでしまう)」と考えられており、子どもが人間の世界に定着するのは女の子は3歳、男の子は5歳のころで、七五三はその節目に行われる儀式として行われるようになりました。

3歳や5歳になれば死亡リスクは低くなるとはいえ、病気などの死亡リスクは決して無視できなかった当時、子どもの健康長寿はその親の悲願でした。

そこで、子どもの無病息災と長寿を願い、「食べると長寿になる」といわれていた千歳飴を七五三に贈るようになりました。

金太郎飴との違い

千歳飴はサイズが決められている

千歳飴のような細い棒状の雨といえば「金太郎飴」がありますが、千歳飴とは何が違うのでしょうか。

金太郎飴は「細い棒状の飴」ですが、そのサイズには厳格な決まりはありません。また、棒の状態で売られていることはなく、基本的には切った状態で売られています。

一方、千歳飴は直径約15mm、長さ1mいないという規定があり、切らずに棒状のままとなっています。

金太郎飴は切ったら絵が出る「組み飴」

金太郎飴は「組み飴」という飴細工の一つで、色をつけた飴を複雑に組み合わせて切ったときに絵が出るように作ります。

一方、千歳飴は切っても金太郎飴のような絵は出ず、全体が白一色、または赤一色となっているものが多いようです。

また、金太郎飴は日常的なお菓子ですが、千歳飴は神社でいただく「授かり物」「縁起物」なので販売をする前に神社で祈祷されていることが多いようです。

まとめ

千歳飴は3歳や5歳の子どもにはサイズが大きいため、一度に全部食べるとお腹が張って食事を食べられなくなったり、食べきる前にお腹がいっぱいになったりすることがあります。

「縁起物だからそのまま食べなくてはならないのではないか」と考えがちですが、折って食べても構いません。千歳飴をいただいたときは、食べやすい量に分けて食べるとよいでしょう。

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